タイトル:いす
10年余り前、妻は脳腫瘍治療の退院後、肺炎を併発し再入院した。自力呼吸が困難になり声を失ってからの会話はメモ帳の筆談になった。
そんなある日、見舞いに行きベッドの傍らに立ってていると、文字を書く仕草。渡したメモ帳にはたどたどしい平仮名で「いす」と書かれてあった。
首を傾げていると、体を起こしかけて視線を病室の隅に向けた。そこには円い木椅子が置かれていた。「ああ、あれか」と言うと。
しんどそうな顔の目が笑った。自分の方がずっと辛いだろうに。切なかったが無理してこちらも笑い返した。
その後、妻は快方に向かうことなく逝ってしまったが、メモ帳は手元に残された。
妻を喪ってから慣れない清掃のパート仕事で挫けそうになった時、今もワンルームでの一人暮らしの寂しさに押し潰されそうな時には「いす」を見ては、癒され励まされている。
絵本作家の今泉 和希さんより
初めて原案有りの絵本を手掛けました。とても難しかったです。受賞者へのインタビューを経て、二人の関係があまりに素敵で、どうしたら絵に、言葉に出来るか心底悩み、何度も書き直しました。お二人とって、この絵本が宝物になれば嬉しいです。大切な思い出を送って下さり、本当にありがとうございました!
原作者 安馬 卓夫さんの受賞コメント
妻の急逝から11年。喪失感が心の空洞になって残っていましたが、今泉和希先生のお力により温かい風が吹き抜けていくようでした。妻にも素敵な贈り物になりました。
妻の書き残した「いす」とともに絵本を見ては、生きる力にいたします。今泉先生はじめ絵本製作の関係者の皆さん、ほんとうに有難うございました。