バイバイ、
キャラウェイ
the final episode

少し時間をさかのぼり、女王様がお城を抜け出した、数日後のできごとです。娘の家出を知った女王様のお母様が、療養先のハルの国から北国のお城へ戻っていらっしゃいました。大臣はひざまづきこう言いました。「女王様がみつかりました。女王様は、あの丘を越えた先にある小さな町でキャラウェイと名乗り、とある家族のもとに身を隠していらっしゃいます。その家はかつて宿屋だったそうですが、経営者である夫婦が亡くなったために宿をたたみ、残された三人の子どもたちが今でもそこで暮らしているそうです。イソマキという名で、一番上の娘は女王様と同じ年ごろ、彼女が今ではこの家の主人です。その下には弟、一番下の妹はまだ幼い子どもです」

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まばたき
Episode5

パパの眼鏡に湖の大ウナギよりもながい三つ編み。ママのスカーフを頭に被せて、三つ編みはひとつに結いましょうか?ふたつに結いましょうか?イソマキ家の長女、ミミが歌いながら女王様の髪を器用に編んでいます。「こうすればたくさんの人の前に出ても誰もわからないわ。あなたがお城を抜け出した本物の女王様でも」今夜のイソマキ家は妙に賑やかです。「変装なんて、かえってドキドキしてしまう」

幸せから生まれる詩
Episode4

川のほとりにある銅像の足元には、こんな説明書きが添えられています。これは詩人の愛した猫である。その年老いた詩人はひねくれ屋か、そうでなければ恥ずかしがり屋で、彫刻家が訪ねて来た時、自分はさっさとどこかに隠れてしまった。代わりに、飼っていたピルグリーナという名の猫を彫刻家の前に座らせた。彼の功績を称えて、王様の命により彼の銅像が作られることになっていたのだが、詩人はこう言ったそうだ。私よりもピルグリーナの方がよっぽど立派なのです。私の揺らぎやすい日常をピルグリーナが日常たらしめてくれる。この普通の、日々のごくささやかな幸福がなければ、私は詩など生み出せないのです。

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妖精の背中
Episode3

雪を待っているのは人間ばかりでありませんでした。植物たちも、自分たちのからだを包んでくれる、あの、柔らかい結晶が、空から降りてくる日をじっと待ち望んでいたのです。イソマキ家の庭の大きなユキマチの木に綿毛のような花が咲いた朝のことでした。女王様は毛糸のブランケットを羽織り、キッチンへと静かに降りていきました。女王様の他には、まだ誰も目を覚ましていません。イソマキ家の三人兄妹も、日曜の朝だけは太陽が完全に姿を現し、鶏が泣き止むまでぐっすりと眠っているのです。

ポケットの中の
ぬいぐるみ
Episode2

「ここにいる間、必要なのは名前だわ。あなたに新しい名前をつけなくちゃ」ミミの提案に、女王様の心は躍りました。女王様は、しばらくイソマキの家に、住み込みで働くことになったのです。机の上には、ミミの妹であるモモが集めた宝物たちが並んでいます。石ころや、切符や、紫水晶に似せたガラス細工、光沢のある青い紙に星を散りばめたキャンディの包み紙、秋に収穫をしたキャラウェイのタネが。

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パントマイム
Episode1

こんな風にひとりになってぼんやりとバスに揺られていると、リサにはときどきこんな声が聞こえてきます。わたしには何にもない。何もない、というのは正確じゃないわね、なんていうか特別に秀でたところがないのよね。それはリサが自分に向かって語りかける声でした。イソマキ家のリサは郊外にある叔母の家から自宅へと帰る途中でした。イソマキというのは大きな丘という意味です。まさに叔母の家はそういう広々とした丘の上にありました。リサたちは幼い頃、夏休みには家族揃って叔母の家へ遊びに行ったものでした。

女王様の好きなもの
Prologue

これは遠く儚い夢の物語でしょうか、それとも列車で偶然隣に座った誰かの物語でしょうか。あるいは、あなたの前を駆けていった母猫の見た夢かもしれません。物語の始まりはこうでした。南から北へ、北から北へ汽車で何日でも行きましょう。針葉樹の森をくぐり、草を食む牛たちの群れを眺めます。積み藁が日にさらされて、立ち込める霧の裾にニゲラの花畑。広大な湖をいくつも周ってようやくたどり着ける場所に、女王様が生まれ育ち、治めているその国はありました。

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